「能登の里山里海」が日本初、FAOの世界重要農業遺産に認定

「世界農業遺産」、正式には「世界重要農業資産システム」(GIAHS¦ジアス)は、国連食糧農業機関(FAO)が2002年からはじめたプロジェクトで、次世代に継承すべき農法や生物多様性などを持つ地域の保全を目指しています。

FAOでは、世界各地には多様な自然資源に基づく地元に適合した管理手法により、何世代にも亘って農民や遊牧民によって生み出され、形づくられ、維持されてきた固有の農業システムや景観があるとしています。

七尾湾沿いを走る能登鉄道

七尾湾沿いを走る能登鉄道

さらに、その独創的な農文化的システムによって、優れた景観や世界的な農業的生態系の多様性の維持と適応、土着の知識システム、回復力に富む生態系がもたらされただけでなく、多角的な商品やサービスの継続的な提供、食と暮らしの安全、生活の質が保たれてきたことを指摘しています。

2011年6月、「能登の里山里海」(石川県能登半島)が「トキと共生する佐渡の里山」(新潟県佐渡市、2011年6月)とともに先進国では初めて、世界農業遺産に登録されました。大きな川がなく、里山がそのまま里海に続く能登では、農林水産業が密接に生物多様性を育み、農村文化、景観を形成する重要な役目を果たしてきました。

能登の里山や里海が環境保全だけでなく、農業のありかたとしても国際的評価を受けた形です。

世界の飢餓対策に取り組むFAOが、食糧増産のために農業の効率性を高めるのとは全く逆に、伝統的な農法の見直しを強めていることは意義が大きく、食糧自給率の低さが問題になっている日本にとっても、今回の登録は今後の農業の在りかたに一石を投じたといえましょう。

大敷網漁(定置網漁)では、ブリ、アジなどが水揚げされる

大敷網漁(定置網漁)では、ブリ、アジなどが水揚げされる

千枚田の田植えボランティア

千枚田の田植えボランティア

何百年、何世代にもわたって能登を育んできた里山里海と伝統を、地域の人々は協力しながら守り育ててきました。今回、世界農業遺産に認定されたことで、私たちは時代や環境の変化に適応しながらも伝統的な農法や土地利用などの知識、農業景観、農耕儀礼などの農村文化を守っていかなければなりません。また、自然環境を保ち、生態系や生物多様性などを育んでいくため、よりいっそうの持続的な取り組みが求められます。

しかし高齢化が進み、後継者不足が深刻な能登地域の農家だけでは維持が難しいのが現状です。そこで農地のオーナー制度を設けるなど、「能登の里山里海」を日本の財産として後世に残す積極的な活動が必要とされています。

「世界農業遺産」は、ユネスコが提唱する世界自然遺産や世界文化遺産に比べると分かり難いかもしれません。NPO法人「生物多様性農業支援センター」の原耕造理事長は「遺産登録で目指すべきは観光活性化ではなく、自分たちの価値を知り意識改革すること」と指摘しています。

例えば、山本作兵衛氏が描いた「筑豊の炭鉱画」が世界記憶遺産に選ばれて再評価されたのと同じく、地域の財産に光をあてることが必要なのです。

日本の農業は食糧の生産についてのみ議論されますが、『農』は命を育み、季節を感じ、永遠の時間や自然と一つになる「命の生産」であり「命の単位」です。また『業』は生産の向上や規模の拡大、品質の向上を示す「金の単位」です。「農業」という言葉を、命を育む『農』と生産・労働としての『業』に分けると、日本では『業』の視点でしか議論が行われていないように思います。この二つをあわせることで、ようやく農業を論じるスタートラインにたてるのではないでしょうか。

日本には復元力が強い照葉樹林の原生自然があり、そこから生まれた豊かな滋味のある水が河川に流れていきます。さらにその水は人が関わる人工の自然「里山」や「水田」を経て、豊かな「里海」に繋がります。この水の循環こそが、日本の自然の豊かさなのです。一部の地域や取り組みにだけ注目するのではなく、各地の「農業遺産」を再発見することで、日本の豊かな自然や農業を守りましょう。

能登ではこの地域が「世界農業遺産」に登録されたことを歓迎していますが、現実を見れば課題が山積みです。特に農業に携わる人の不足は深刻で、能登の四市五町の農業人口は人口全体のわずか5.5%でしかありません。しかも平均年齢は67.6歳を上回り、中には70歳を超えるところもあります。

日本では食糧自給率の低さが問題になっていますが、2007年度に石川県が奥能登の農家に向けて行ったアンケートでは、7割の農家が10年以内に農業をやめたいと答えています。

ヨーロッパではGAP(農産物の品質改良基準)がきちんと設けられ、GAPを達成した生産者に対して直接支払が行われます。

GAPは「農業者の生産における責任」を明確にしたものですが、日本においてはGAPも商品を差別化するという戦略の一つにされる恐れがあります。

日本では今のところGAPのような明確に農家を評価する基準がないため、農業を守るためのまとまりがないことも問題かもしれません。

いずれにせよ、農業が収入を得られて働くことに誇りを持てる職業であること、生活するのに魅力のある地域であること、自然と人間がつくりあげた里山のような環境を保全することなど、登録された農業遺産を守るためには継続した地域づくりが必要です。

日本で唯一、揚げ浜式の塩づくりが今もおこなわれている

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能登の春の風物詩、イサザ漁

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Fのさかな21号アマエビより

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