真冬に登場する貴重な北国魚「マダラ」/さかなの日
鉛色の天空に白い雪がちらつく巌冬期、いよいよタラ漁が盛んになります。
捨てるところがないと言われるほど北国の生活に溶け込んだ重要な魚で、昔は献上品や税金の代わりとして扱われました。
今でも、輝く白身はもとより、内臓は珍味として、ザンは汁物の出汁に、干ダラは保存食に、使い切った骨は田畑の肥やしになるなど、とことん「マダラ」の恩恵にあやかっています。
今回はそんな「マダラ」についてご紹介します。

食べ過ぎて胃潰瘍になる?
マダラは、水深200〜1500mの海底近く、水温は3度前後と低い層に多く分布。大きいものでは体長1m、体重20kgにも達します。
魚偏に雪と書くのは雪が降る頃に獲れるから。中国伝来の漠字が多い中「鱈」は日本で作られた国字です。その魚肉も雪のように白く光沢のある白身といえます。
「鱈腹(たらふく)食う」は、貪食(どんしょく)の代名詞としてよく耳にしますが、その言葉通りに、底生魚類、イカ・タコ類、エビ・カニの甲殻類を手当たり次第食べる貪食魚。胃袋も大きく、詰め込んだ餌で腹部が脹らみ、「鱈腹」と形容される所以です。
マダラがこんなにも食べるのは、餌が少ない海底近くに生息するため。ありついた餌は次々捕食し、時には同類のタラまで食べます。硬い殻を持つカニや海老などの甲殻類なども鋭い歯でバリバリ捕食。食べたものは胃の中でドンドン消化しますが、中には食べ過ぎのあまり、消化する前に殻や額角で胃壁を傷つけ、それが原因で潰瘍が生じるということがあるそうです。

江戸時代から人気者
タラは貪食で成長も早く、世界の水産重要種の一つに数えられています。タラに対する経済依存度が高かったアイスランドとイギリスでは、18年間に及ぶ漁業権と漁業水域をめぐる「タラ戦争」が起きています。
日本では、江戸時代(1709年)に刊行された「大和本草(やまとほんぞう)」に「寒二生ス冬春多ク捕ル」と、マダラの生態を紹介。その10年後、日本の百科事典「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」には、「皮は薄く肉は白い。鰭・尾ともに軟らかく、味は甘淡で佳い」と、マダラの味覚について記されています。また、マダラの生命力の強さや切っても血が出ないことから、緑起物として尊ばれ、将軍家や朝廷へ献上品(干ダラ)として贈られたようです。武家や商家では祝い膳で登場。このように江戸時代のマダラは上層階級で重宝されていたのです。
タラ漁の盛んな日本海側では、税金の代わりにタラを納めていた例も多くあります。これにちなんだ「掛魚(かけよ)祭り(別名:タラ祭り)」という神事が秋田県金浦地区に残っています。荒れ狂う厳冬期の日本海でのタラ漁は命がけです。納税のために漁をやめることができず、操業中の安全と犠牲者の慰霊を込めておこなわれたことが起源とされています。現在は、海上安全はもとより、大漁を祈願する祭りで、日本海からとれた15kg以上もある大きなマダラを荒縄につるして棒に掛け、神前に担ぎ上げて奉納する勇壮な祭りとなっています。

地域色ある味わい方あれこれ
冬のタラ料理と言えば鍋物が主流を占めますが、漁場に近い地域では新鮮なマダラが手に入りやすく、食べ方も豊富にあります。
一般に産卵前の雌のマダラよりも、珍味とされる白子(しらこ・マダラの精巣)を持つ雄の方が窃値で取り引きされます。白子は新鮮な内に水洗いし、酢のものやポン酢でいただくと絶品。
新鮮な刺身は、昆布に挟み一晩寝かせます。こうすると身が崩れず風味豊かな昆布〆となります。更にしょう油やみりんなどで炒りつけ冷ました真子(まこ・マダラの卵巣)をまぶすと石川の郷土料理である「子付け」になります。
鮮度落ちが早いので、刺身は現地ならではの味わい方です。
干したマダラは「棒鱈(ぼうだら)」と呼び、おせち料理に使われたり、京都の伝統料理では、京野菜である里芋の一種海老芋と炊き合わせた「芋棒(いもぼう)」が有名です。
臭みの無い輝く身がポイント
腹部に弾力や張りがあり、身の色が鮮明で艶があるもの。目が黒く澄んでいるもの。
切り身なら透明感があり、ややピンク色がかったものが良く、鮮度が良いものは臭いがありません。
白子は鮮度が決めてとなり、身の形がくっきり、崩れていない物。
マダラの加工品は主に、干ダラ、塩タラ、粕潰け、味噌潰け、でんぶなどがあります。「タラコ」や「もみじこ」、「辛子明太子」はスケトウダラの卵巣を使用しています。

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